貧弱な堪忍袋

両親

2019年2月1日

まあいつか切れるだろうと思ってたけど、とうとう私の貧弱な堪忍袋の緒が切れてしまった。

ホームの食事が美味しくない、などなどの終わりなき母の愚痴。これはまだ我慢できる。ただしこのホームの食事はそんなに悪くない。かつて私が20年間勤務した会社の社食のゴハンに比べれば大変に美味しいと言ってもよい。街中のごはんやさんの食事とそんなにちがいはない。と思う。普通に美味しい。母に美味しいよって言うと、これまでどんなごはんを食べさせて育てたかと思われるからそんなことは言うな、なんて言い返される。まったく。

今回私が切れてしまった母の発言は、
  ”ここはボケ(た人)ばっかりだから、私にもボケがうつった”
というものだ。私と母の会話の中で母の記憶ちがいがあり、それを指摘した私に対して母が言ったのである。まちがったのはボケがうつったからだ、と。認知症って病気である。好きでなる人なんていない。そして人にうつったりしない。母の発言には他人に対する思いやりとか尊敬とか労わりとか、そういうものが微塵も感じられない。そしてとても意地が悪い。私にはその意地悪さが耐えがたい。

その発言はあんまりだと私は母に言う。母は本気で怒っている私を見て、”愚痴を言うこともできないのか。ちょっと文句を言うと(娘の)機嫌が悪くなってぽんぽん言い返してくるのが辛い。”などと言って自分を犠牲者にしてしまう。

それに対して、病気で高齢の親に腹を立てることに自己嫌悪してしまう私は怒りのマグマを黙って封じ込めて耐える。

運転中に大声で叫びながら私は帰宅する。うんざりである。

年明けからインフルエンザが猛威をふるっている。ホームは自衛策として、不要不急の面会を禁止する措置をとった。今日以降しばらく面会できないのがありがたい。いい冷却になるだろう。

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